焼きバナナのクリームタルトとカボチャのシフォンケーキ


「沼津 ケーキ店 ひなたぼっこ」今日のサービスケーキは、焼きバナナのクリームタルトとカボチャのシフォンケーキです。
"ホームページ見たよ"と言ってくれたお客様で、このサービスケーキを買っていただいたお客様に限りこの2種類のケーキ通常1個350円を300円にします。
なお当店は、小さな店で、なるべく多くの種類のケーキをお客様に楽しんでいただきたいため、種類は、一日20~23種類ありますが、一つのケーキの数は、約8個です。このサービスケーキも同様です。売り切れたら終了とさせて頂きますのでご了承ください。お早目のご来店お待ち申し上げます。
◎ カットしたシフォンケーキ(生クリーム付き)
バナナ ・バニラミルク・ラズベリー ・ブルーベリー ・カボチャ ・コーヒーマーブル






◎ カットした生ケーキ系
マロン ・チョコレートケーキ ・バナナケーキ ・焼きバナナのクリームタルト ・メロンのショートケーキ ・Hinaシュー ・バナナクリームオムレット ・レアチーズ ・スイカのゼリーのタルト ・フルーツタルト










◎ カットした焼きっぱなしのタルト系
洋なしのケーキ ・クルミとアーモンドのタルト ・生チョコホワイトのタルト ・ガトーショコラ ・桃と木イチゴのタルト ・チーズケーキ ・生チョコのタルト ・マンゴーとチーズの塩タルト ・カボチャのチーズケーキ ・リンゴとチーズの塩タルト アメリカンチェリーのタルト











◎ 各種ホールケーキ
イチゴのデコレーション 15cm 18cm ・チョコレートケーキデコ 15cm ・バニラミルクシフォンイチゴデコ 17cm ・バナナのクリームオムレット ・ガトーショコラ12cm ・洋なしのケーキ12cm






◎<量り売り> Hina 手作りジャム (要冷蔵)
季節の果物に、レモン汁を加え炊き上げた本ものの手作りジャム。ペクチンなどの添加物は、一切入っていません!安心してお召し上がりください。
容器は、ご持参ください。 お持ちでない方には、別売でビンをお売りいたします。
要冷蔵で保存し、お早めにお召し上がりください。
今日のジャム [シンプルリンゴ・イチゴとラズベリー・西浦産レモンとハチミツのマーマレイド・ブルーベリーとリンゴ・パッションフルーツ&パイナップル&バナナ]

日々の更新は、午前9時30分~午前10時30分頃にかけて行なっています。
なお、当店の経営者兼お掃除おじさんのひとりごとを書いています。よろしければ、続きを読むをクリックしてみてください。
今日は、焼きバナナのクリームタルトとカボチャのシフォンケーキにしました。
この焼きバナナのクリームタルトは、僕の一押しタルトです。バナナをラム酒でソテーして、入れてあります。もちろん、タルト生地も妻独自のタルトです。ぜひお召し上がりください。
カボチャのシフォンケーキも去年のレシピを少し変えてさらに美味しくなりました。お試しください。
さて、今日は、朝から妻と次女が東京へ、シュガークラフトの勉強に行きました。
次女は、久しぶりの東京で、新幹線に乗るのは、次女の記憶によると2回目で、とても嬉しがっています。
また、妻を独占するのが嬉しいようです。いつも姉がいますから。それが、「お母さんと私だけ。甘えられる」と。
そうなんですよね。長女は、妹が生まれるまで母を独占しているし、何事も最初ですから、親も目がいきますが、次女は、生まれてからずっと姉がいて、母を独り占めすることはないですし、どうしても二人目で姉と同じと思ってしまいますからね。
僕も二男でしたから、いつもそのジレンマに悩んでいましたから、次女の気持ちよくわかります。なんでもお古でしたからね。兄の時は、いろいろ家族会議的に相談していましたが、僕の時は、すべて僕任せでした。高校、大学、就職、結婚、親に相談て無、すべて一人で決めてきましたから。ようは、弟は、どうでもよい存在でしたから。
はっきりと小さい時に言われました、「お前は、この家出て行くんだから、どうでもよい。勝手にしてよい。ただし、兄に何かあったら、お前だ。」と。あと、親戚とかのいろいろの行事でも、兄が居ればよく、弟は附録的で、いなくてもよいような扱いでしたし、親戚の紹介も僕に対しては、ほとんどなかったですね。ようは、出ていく存在でしたから。
これが、昔の田舎の農家なのです。昔は、どこもかしこもそうでしたからね。
ですから、愚痴ですが、僕の母が亡くなった時、僕と、父と祖父の3人で暮らしていたのですが(兄は、東京で、結婚して暮らしていました)、突然、母がクモ膜下出血で、倒れ、3か月の闘病生活の時も、僕もサラリーマンでしたが、母を毎朝病院に見に行き、昼休みのときは、時々祖父の昼食を世話しに行ったり、夕方は、また、母の様子を見に病院に行ったりして、祖父、父、僕と必死に生きていました。そして、クモ膜下出血の治療が終わり、これからリハビリのため、病院を変わるため、1週間だけ、家に帰ってきて、その最後の行く日の朝 突然、気持ちが悪くなり、意識がなくなってしまい、その夜、亡くなってしまったのです。おふくろの最期の言葉は、僕に向かって「寛尚、気持ち悪いよ。ここに吐いてもいいかね」と言ったので僕も「いいよ。大丈夫だから、吐いていいよ」と言ったのが最後でした。今でもはっきりと思い出すことができます。
で、母の亡くなったことを親戚とかに連絡したりしているとき、兄夫婦が、帰ってきて、その後は、すべて父と兄 中心でした。僕なんか、端っこにいるだけで、用事もなしでした。それはそれでよいのですが、なんか釈然としなかった感じはしますがね。もうかれこれ24年も前のことですが。
そんなこんなで、僕の嫌な経験から、僕としては、姉妹平等に扱ってきたつもりなんですがね。
次女の気持ちがすごくよくわかるのです。
妻も長女なんですが、やはり田舎の農家ですから、長男が生まれたときから 「お前は、この家出ていくんだから」と言われ育ったそうです。
今の世の中では、想像出来にくい、田舎の考えです。
ですから、我が家では、すべて姉妹平等のつもりで、育てているつもりなんですがね。どうしても、最初の事では、姉の方に目が向いてしまいますね。妹に申しわないことです。
